大判例

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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)832号 判決 1977年1月27日

主文

原判決を次のとおり変更する。

一、被控訴人らは、控訴人に対し次の各登記につき、被控訴人らの持分を各四分の一とする更正登記手続をせよ。

1. 原判決別紙第一目録記載の不動産につき、神戸地方法務局姫路支局昭和四三年一月一八日受付第一、三四五号昭和四二年六月三〇日相続を原因とする所有権移転登記

2. 同別紙第三目録記載の不動産につき、同支局昭和四三年一月一八日受付第一、三四六号所有権保存登記

3. 同別紙第二目録記載の不動産につき、同支局昭和四三年二月一九日受付第五、一四五号所有権保存登記

二、控訴人のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し(1)原判決別紙第一目録記載の不動産につきなした神戸地方法務局姫路支局昭和四三年一月一八日受付第一、三四五号昭和四二年六月三〇日相続を原因とする所有権移転登記、(2)同第三目録記載の不動産につきなした同支局昭和四三年一月一八日受付第一、三四六号所有権保存登記、(3)同第二目録記載の不動産につきなした同支局昭和四三年二月一九日受付第五、一四五号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(請求原因)

一、被控訴人高浜〓子は、高浜雄二の長女、被控訴人高浜樹代は高浜雄二の二女である。

二、雄二は、昭和四二年三月二〇日姫路市広畑区本町四丁目の自宅において、神戸地方法務局所属公証人上坂広道の面前で、証人高浜和郎、同控訴人高浜ふさ立会の下に自分の死後全財産を包括して高徳英弘に遺贈する、ならびに遺言執行者を高浜和郎に指定するとの遺言をしたので、同公証人作成第一三一、三四四号遺言公正証書(以下本件公正証書という)が存在する。

三、雄二は、昭和四二年六月三〇日死亡した。

四、被控訴人らは、雄二所有の原判決別紙第一目録記載の不動産につき、神戸地方法務局姫路支局昭和四三年一月一八日受付第一、三四五号により持分各二分の一の相続による所有権移転登記を了し、また、未登記の同第三目録記載の不動産につき同支局同日受付第一、三四六号により、同第二目録記載の不動産につき同支局同年二月一九日受付第五、一四五号により、それぞれ持分各二分の一の所有権保存登記を了した。

五、遺言執行者高浜和郎は、昭和四九年二月七日死亡し、同年五月一七日神戸家庭裁判所姫路支部で控訴人が遺言執行者に選任された。

六、被控訴人らのなした前記各登記は、遺言者の包括遺贈に反し無効である。

よつて、遺言執行者たる控訴人は、遺言執行のため、被控訴人らに対し右各登記の抹消登記手続を求める。

(請求原因の認否)

請求原因一、三、四、五の事実は認め、二の事実は不知、六の事実は否認する。

(抗弁)

次に訂正附加するほか、原判決事実摘示の抗弁の項(原判決三枚目表一四行目から六枚目表八行目まで)と同一であるからこれを引用する。

原判決四枚目裏一〇行目に「右1の主張」とあるを「右(1)の主張」に、五枚目表一二行目に「曖昧きわまる。」とあるを「また、遺言の一部始終を確認していたかどうか曖昧であつて不明確である。」に、それぞれ訂正し、同一五行目「原告ふさは、」の次に「証人としての自覚を欠き、その任務をつくしていないことが明らかであるから」を挿入し、同六枚目表六行目から七行目にかけ「のうち別紙第一目録記載の4及び5の不動産を除くその他の各不動産」とある部分を削除する。

(抗弁の認否)

次に付加するほか原判決事実摘示の抗弁に対する原告の答弁の項(原判決六枚目表一〇行目から八枚目表六行目まで)と同一であるからこれを引用する。

原判決七枚目裏一一行目の次に「(3)公正証書遺言に証人の立会の事実があり、証人としての署名押印がある以上は立ち会う証人について、およそ証人としての自覚の有無という内心的事象を問擬すべきではないが、本件においては、証人高浜ふさが証人としての内心的自覚を欠いていた訳でもなく、同証人は本件公正証書遺言が雄二の真意によつて公証人に口授され、それが公正証書に記載されていることを十分に証明している。したがつて、本件公正証書遺言に立ち会つた高浜ふさは証人としての任務をつくしているというべきであり、本件公正証書を方式違背により無効とすべきいわれはない。」を加える。

(証拠関係)(省略)

理由

一、請求原因一、三、四、五の事実は当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第一号証、原審証人上坂広道の証言によると、高浜雄二は、昭和四二年三月二〇日姫路市広畑区本町四丁目七四八、七四九合併地の自宅に神戸地方法務局所属公証人上坂広道の出張を求め、同所で証人高浜和郎、同控訴人高浜ふさ立会の下に公正証書により自分の死後全財産を包括して高徳英弘に遺贈する。遺言執行者を高浜和郎に指定する旨の遺言をなし、本件公正証書が作成されたことが認められる。

三、そこで、被控訴人ら主張の本件遺言の無効事由の有無につき判断する。

(一)、遺言者高浜雄二の遺言能力について。

当裁判所も遺言者高浜雄二に遺言能力がなかつたとの被控訴人らの主張は、理由ないと判断するものであつて、その理由は原判決理由二(一)記載(原判決九枚目表一四行目から一一枚目裏八行目まで)の判断説示と同一(ただし、原判決一一枚目表一四行目から一五行目にかけ「雄二と会つたことはなく」とある部分を削除する。)であるから、これを引用する。

(二)、遺言の方式について。

本件公正証書による遺言に、証人として高浜和郎ならびに控訴人高浜ふさ両名が立会つていることは前記のとおりである。

1. まず、被控訴人らは右証人高浜和郎は当時盲目であつたから証人欠格者であると主張するが、当裁判所も右主張は理由ないものと判断するものであつて、その理由は次に付加するほか原判決理由二(二)のうち原判決一一枚目裏一四行目から同一四枚目裏二行目までの説示と同一であるから、これを引用する。

原判決一三枚目表九行目「である。」の次に「(同条には盲人は含まれていないし、盲人は家庭裁判所の審判を経ない限り当然に準禁治産者になる訳ではないから盲人であることから直ちに明文上の欠格者と解することはできない。)」を加え、同一三枚目裏一〇行目「あつては、」の次に「同法九六九条三号に則つて」を加え、同一二行目冒頭「から、」の次に「同条四号にいう」を加え、同一三行目「するもの」の次に「と解すべき」を加え、同行目「みれば、」の次に「盲人もまた十分に証人たりうると考えられ、さらに、遺言の内容が読み聞かせられたものと一致していることを眼で見届けることはむしろ第二義的な問題というべきであつて特に」を加える。

2. 次に本件公正証書遺言に証人として立会つた控訴人高浜ふさは証人としての自覚を欠き、その任務をつくしていない旨の被控訴人らの主張について検討する。

成立に争いのない甲第一号証および原審証人高浜ふさの証言によると、本件公正証書は遺言者高浜雄二の前記自宅四畳半の一室内で作成手続が進められたが、高浜ふさは公証人から立会つてほしい旨の依頼により終始同室内に居り、その間雄二が先きに認定した遺言内容を公証人に口授したことを聞知し、公証人がこれを筆記し、雄二および高浜ふさは、その読み聞けをうけて口授と読み聞けの相違ないことを確認して証人の署名捺印をしたことが認められる。もつとも高浜ふさの前掲証言中には、「本件遺言公正証書作成の現場に居合わせていたところ、公証人がいてくれと言つたので傍らにいただけである」、「公証人と高浜雄二との問答がどのように行われたかは知らない」、「証人あるいは立会人の意味はわからないが、公正証書が作成されて公証人が読み上げられ、どう書いてあるか知らんが、公証人からここに署名してくれというので、主人の高浜和郎の署名と並べて、そこに自らの署名をしただけのことである」旨の供述が散見するけれども、前掲証言全体を通観すれば、右供述部分は同証人と夫高浜和郎らが雄二の老人性痴呆症に乗じてその財産の乗取りを策したとする被控訴人らの主張(右主張の肯認するに足りないことは先きに判断したとおりである)に対処し雄二の本件遺言の意思決定に同証人がなんら影響力を及ぼしていないことを力説強調しようとする余りに出でた発言に外ならず、証言全体の趣旨に徴すれば優に前記事実を認定することができる。

ところで、先きに説示した公正証書遺言において証人の立会を求める所以にてらせば、証人としては、遺言者が他からの不当な介入なく自由な意思で自己の欲する遺言内容を公証人に表明し、公証人はこれを正しく承けて遺言者との間で平穏裡に証書作成手続を進めていることを終始傍らに在つて確認することをもつて十分にその任務をつくしたものというべく、したがつて、証人としての自覚の点についても、右確認をすることが自らに課せられた役割であるとの自覚があれば足りるものであると解するのが相当であるところ、前認定の事実関係によれば、高浜ふさにおいて証人としての自覚に欠けるところなく、その任務をつくしたことを十分に認めうるから、被控訴人らの前記主張もまた採用できない。

3. さらに、遺言者雄二が法定の方式により遺言を公証人に口授し、公正証書の筆記の正確なことを承認したか否かも確認できないとする被控訴人らの主張が認められないことは、前段2で判断したとおりであるから、右抗弁も理由がない。

四、被控訴人らの遺留分減殺の主張について。

本件公正証書による遺贈が雄二の全財産を高徳英弘に包括遺贈するものであること、被控訴人両名が雄二の長女および二女でその相続人であることおよび別紙第一ないし第三目録記載の不動産が雄二の全遺産であることは当事者間に争いがない。

そして、被控訴人らの遺留分は二分の一であるところ、成立に争いのない乙第二号証によると、被控訴人らは、前記受遺者英弘に対し昭和四三年五月三〇日別紙第一ないし第三目録記載の不動産につき遺留分減殺の意思表示をしたことが認められるから、別紙第一ないし第三目録記載の不動産は、受遺者英弘の持分二分の一、被控訴人〓子の持分四分の一、被控訴人樹代の持分四分の一の共有に帰したというべきである。

もつとも、前掲乙第二号証(遺留分減殺通告書)によると被控訴人らは、雄二のした本件包括遺贈が被控訴人らの遺留分を侵害することを理由にその減殺請求権を行使するとともに別紙第一目録記載の4および5の不動産を除きその余を被控訴人らにおいて遺留分として保全する旨を通告したことが認められるけれども、右通告の全趣旨をみると、減殺の対象不動産を特定したかのように窺われる部分は、遺留分減殺の結果生ずる遺産の共有関係につき、将来その分割がなされる際に被控訴人らが取得したいと希望する物件を表示したにすぎないもので、減殺の対象を特定する趣旨ではなく、被控訴人らにおいて前記一個の遺贈行為による数個の不動産の遺贈につき法定の遺留分の割合に従つた減殺権を行使したものと解すべきである。

したがつて、被控訴人らの遺留分減殺の意思表示は有効である。

ところで、遺贈についてなした遺留分減殺は、相続開始に遡つてその効力を生ずるから被控訴人らのなした相続による所有権取得登記は、右減殺によつて取得した遺留分の限度で有効であり、したがつて被控訴人らは右所有権取得登記の抹消登記手続をするまでもなく、現在の権利関係に一致する右遺留分の限度に更正登記手続をすれば足りるというべきである。

五、以上の次第で、控訴人の本訴請求(抹消登記手続請求は更正登記手続請求を含む)は、遺贈および遺留分減殺により、被控訴人らに対し別紙第一ないし第三目録記載の不動産につき、被控訴人らの持分を各四分の一とする更正登記手続を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余を失当として棄却すべく、原判決を主文第一、二項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

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